独身平民年金暮らし。ジョン爺。
第2話であるように、コンビニで週二回バイトをしている
そこであることに気づく。
思い出したように気づいた。
それは人の目についてである。
世の中には、確かに、さまざまな目をした人がいる。
黒い瞳をしている東洋人
光を当てると皆こげ茶色になる
渋い灰色の瞳をした人
さわやかな青い瞳をした白人
しかしジョン爺が気づいたのはそんなことではない
瞳の色についてではない。
目の
輝きについてである。
若い者は本当に目の輝きが違う。
きらきらしている。
先日ジョン爺は女子高生の輝ききった目と目が合って年甲斐もなく一瞬ときめいてしまったほど。
いくら綺麗なマダムと目が合ったところでときめいたりはしない。
おそらく目の輝きがまったく違うのだ。
また、知り合いの孫、4歳児の目を見たときも驚くほど澄み切って輝いていた。
こちらはすこし悲しくなるほど。空が青すぎて悲しくなるような気分と似ていた。
目の輝きがまったく違うのだ。
男だろうと女だろうと歳をとるにつれて目の輝きは失われていくのだろうと思った。
体内の軟骨成分ヒアルロン酸が年齢とともに失われてゆくように、
目にも輝き成分ナントカ酸というものがあってそれが年齢とともに失われていくのではないかという仮説を立てた。
それから接客中に統計のようなものを自分の頭の中でとっていくと
中学生や高校生はほとんど輝いたままの瞳で在る。しかし
19~20歳前後で輝きは濁りへと変わっていることが分かった。
就職や大学進学を期ににごり始めるということなのだろうか。
社会に出る、社会との接点を持つことによって汚いものを見る機会が増えてくる、汚いものだったと分かってくる。
それらのことによって目は濁っていくのではないだろうか。
輝き成分の減少を年齢による減少に加担して加速させていくということも想像できる。
政治家先生たちの目は濁りの極みであろう。
逆に言えば目がきらきらしてる政治家先生は不安だなと思った。
もうひとつ先ほどの「汚いものを見れば目が濁る」論の応用で
「綺麗なものを見れば目の濁りを押さえる」ことができるのではないだろうか
そしたら冒険家の目は綺麗だろう
綺麗な景色をたくさん見てそうだから
年齢による濁りだけに抑えることができてる
ジョン爺は綺麗なものを見たくなって坂をのぼった
綺麗な夕焼けを見た
頭の中で流れるのは
BLANKEY JET CITYの「綺麗な首飾り」
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